昨日(10/13)の「スポーツの日」は
2つのイベントを思い出しました。
1964年の「東京オリンピック」と
1970年の「大阪万博」です。日本で初めて開催された「東京オリンピック」を記念し、開会式が行われた10月10日を国民の祝日とし「体育の日」が制定されたのは1966年。2000年からは10月の第2月曜日が「体育の日」となり、2020年から「スポーツの日」に改称されました。この
オリンピックの開催を機に、東海道新幹線、首都高速道路、羽田空港の拡張、下水道整備の推進などの
インフラ整備が促進され、
経済成長の加速、国民スポーツへの関心や
生活様式の変化などが一挙に進みました。生活様式の変化としては、世界中の選手を受け入れるために、生野菜を安全に食べられるような農法に変化し、サラダが普及したそうです。また、大量の食材を効率的に管理するために、
冷凍食品の開発が進み広まって行きました。CASAで子どもたちに提供する食材は冷凍食品が多いのですが、
「東京オリンピック」が契機だったと知り、とても興味深く思いました。
1970年の「大阪万博」は、日本初の国際博覧会で
「人類の進歩と調和」をテーマに、大阪府吹田市の千里丘陵で3月15日から9月13日まで183日間開催されました。77ヵ国が参加し、総来場者数は6,421万人を超え、
戦後の高度成長を象徴する一大イベントとなりました。この時には、アメリカ館のアポロ宇宙船が持ち帰った
「月の石」が人気を呼び、ワイヤレステレフォンが展示され、今日の
「携帯電話」の基礎となりました。ファミリーレストラン、動く歩道、エアードームなどが広まるきっかけにもなったそうです。
今回のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」で、大阪府大阪市の夢洲(ゆめしま)で4月13日から10月13日まで184日間開催されました。158の国・地域が参加し、総来場者数は2,529万人(速報値)を超えました。目玉の1つは、難病治療に期待される
「iPS細胞のミニ心臓」。今回の万博は、当初の人気はあまり芳しくなかったものの、来場者が実体験を会場から「ナイス!」「素晴らしい!」などと即時発信し始めたことで人気が高まり、当初不評だった公式キャラクターの「ミャクミャク」も大人気になりました。
1970年の万博で展示された「携帯電話」が今では日常的に使用され、それを活用したSNSなどの発信力の大きさにより、不人気だった万博が息を吹き返したのです。まさに
「進歩」を再認識しました。
昨日のテレビニュースで、1970年の「大阪万博」を中学3年生で体験した仲良し3人組が紹介されました。15歳だった3人組も今では70歳。そのうちのお一人は、若い時に難病を発症し車イス生活になりましたが、今回の万博で「iPS細胞のミニ心臓」を観て「生きている!」と目を輝かせました。「難病克服に希望を持ち、生きていく勇気が湧いてきた」と感想を語っていました。CASAに来てくれる子どもたちの中にも
「万博」を体験し、科学や技術に興味を持った子もいます。中3の時に万博を一緒に体験した仲良し3人組は、70歳になった今でも未来への希望を語っていました。現在の子供たちも、
未来へ向かって希望・夢を抱き、
友情を大切にしてくれたら嬉しいなと万博最終日に感じました。
小沼 好宏