五輪&万博の力

2025/10/14

昨日(10/13)の「スポーツの日」は2つのイベントを思い出しました。1964年の「東京オリンピック」1970年の「大阪万博」です。日本で初めて開催された「東京オリンピック」を記念し、開会式が行われた10月10日を国民の祝日とし「体育の日」が制定されたのは1966年。2000年からは10月の第2月曜日が「体育の日」となり、2020年から「スポーツの日」に改称されました。このオリンピックの開催を機に、東海道新幹線、首都高速道路、羽田空港の拡張、下水道整備の推進などのインフラ整備が促進され、経済成長の加速、国民スポーツへの関心や生活様式の変化などが一挙に進みました。生活様式の変化としては、世界中の選手を受け入れるために、生野菜を安全に食べられるような農法に変化し、サラダが普及したそうです。また、大量の食材を効率的に管理するために、冷凍食品の開発が進み広まって行きました。CASAで子どもたちに提供する食材は冷凍食品が多いのですが、「東京オリンピック」が契機だったと知り、とても興味深く思いました。

1970年の「大阪万博」は、日本初の国際博覧会で「人類の進歩と調和」をテーマに、大阪府吹田市の千里丘陵で3月15日から9月13日まで183日間開催されました。77ヵ国が参加し、総来場者数は6,421万人を超え、戦後の高度成長を象徴する一大イベントとなりました。この時には、アメリカ館のアポロ宇宙船が持ち帰った「月の石」が人気を呼び、ワイヤレステレフォンが展示され、今日の「携帯電話」の基礎となりました。ファミリーレストラン、動く歩道、エアードームなどが広まるきっかけにもなったそうです。今回のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」で、大阪府大阪市の夢洲(ゆめしま)で4月13日から10月13日まで184日間開催されました。158の国・地域が参加し、総来場者数は2,529万人(速報値)を超えました。目玉の1つは、難病治療に期待される「iPS細胞のミニ心臓」。今回の万博は、当初の人気はあまり芳しくなかったものの、来場者が実体験を会場から「ナイス!」「素晴らしい!」などと即時発信し始めたことで人気が高まり、当初不評だった公式キャラクターの「ミャクミャク」も大人気になりました。1970年の万博で展示された「携帯電話」が今では日常的に使用され、それを活用したSNSなどの発信力の大きさにより、不人気だった万博が息を吹き返したのです。まさに「進歩」を再認識しました。

昨日のテレビニュースで、1970年の「大阪万博」を中学3年生で体験した仲良し3人組が紹介されました。15歳だった3人組も今では70歳。そのうちのお一人は、若い時に難病を発症し車イス生活になりましたが、今回の万博で「iPS細胞のミニ心臓」を観て「生きている!」と目を輝かせました。「難病克服に希望を持ち、生きていく勇気が湧いてきた」と感想を語っていました。CASAに来てくれる子どもたちの中にも「万博」を体験し、科学や技術に興味を持った子もいます。中3の時に万博を一緒に体験した仲良し3人組は、70歳になった今でも未来への希望を語っていました。現在の子供たちも、未来へ向かって希望・夢を抱き友情を大切にしてくれたら嬉しいなと万博最終日に感じました。

小沼 好宏

お知らせ&ブログ

一覧

MENU

お問い合わせはお気軽に!
03-6321-8822
090-7825-4378
OPEN 7:00~19:00 / 365日無休
MAP
練馬区南大泉4-52-20
(西武池袋線「保谷駅」徒歩2分)

PAGE TOP