小学2年生の夏休み直前約1ヵ月、母の故郷である新潟の小学校にミニ転校した時の様々な経験は、
私の人生においてとても貴重なきっかけを与えてくれました。2週間前のブログでも記したように、子どもたちは学校内では上履きなど履かず裸足でした。登下校時には、素足に「短靴(たんぐつ)」と呼ばれる黒いゴム製の靴を履いていました。新潟は米所なので一面田んぼです。遊ぶ時には、短靴のまま田んぼに入り、カエル、ゲンゴロウ、タニシ、ヤゴ(トンボの幼虫)、小魚などを捕まえます。田んぼから出る時に、短靴の中に入った水を「ジャーァ」と流せばOKです。田んぼで遊ぶにはとても便利な靴でした。
田んぼの中には、危険も潜んでいます。田んぼから出る時には、みんなの足にヒルがくっついて血を吸っていました。雷魚という肉食性の魚のいる泥の中に手を突っ込んで捕まえたりもしました。雷魚を捕まえて母の実家に持ち帰りバケツに入れて育てていると、それを見つけた伯父から「雷魚は子どもの指に嚙みついて、指を食べてしまうほど危険だから雷魚とりはやめなさい」と教えてもらいビックリ! さらに危険なものに蛇がいました。マムシやヤマカガシなどの猛毒を持った蛇については、同い年の「ガキ大将」のケン坊から、事前に教えてもらい近づかないようにしていました。ケン坊は、毒のないアオダイショウやシマヘビを見つけるとサッと捕まえて、尻尾を持って振り回したりしていました。東京では「腕白坊主」であった私ですが、これはとてもできません。田舎の「ガキ大将」の芸当に、子ども心にも「すごいぁ~!」と一目置いていました。
ある日の下校途中、いつものように7~8人で寄り道をしながら歩いていると、一匹の蛇の死骸がありウジ虫が湧いていました。それを見つけた「ガキ大将」のケン坊が、気の弱そうな仲間の一人に「な~(「お前」の意味)、持ってみれいや~ぁ」と意地悪を言いました。その仲間は「やだいやぁ~」と泣き出しましたが、さらにケン坊はしつこく何度も迫りました。ケン坊は普段は、こんな弱い者いじめはしない「ガキ大将」なのですが、この時は何か虫の居所が悪かったのでしょう。最後にケン坊は、「こうするんだいやぁ~」と言いながら、蛇の死骸の尻尾をヒョイとつかみ、仲間の目の前でぶらぶらさせてからポイと投げ捨てました。その後は何事もなかったかのようにみんなで帰りました。
しかし私はこの時の光景を忘れることができません。「ガキ大将」であるケン坊に「やめろいやぁ~」と何故言えなかったのか…。大自然の中の「ガキ大将」の前では、東京の「腕白坊主」など全く歯が立たないとの思いが心のどこかにあったのでしょう。私は幼少の頃から、父に「弱い者いじめは絶対するな。いじめられている子がいたら助けてあげなさい!」と教えられ、東京では「弱い者いじめは絶対にしない腕白坊主」でした。それを実行できなかったこの時の自分への「はがいなさ」を反省し、その後は
「弱い立場の人」をフォローすることは、自分の中でとても大切にしていることの一つです。小2の時の経験が、
CASAの運営に繋がっていることを感じます。私は娘が保育園に入園する際に、「誰か泣いていたり困っていたら、『どうしたの?』と声をかけてあげるんだよ」とアドバイスしました。娘はそれを実践してくれたのでしょう。とても素敵な仲間に恵まれています。ここに
継続と継承があることを実感します。
CASAの
ルールは「二ピピ」です。「あいさつは
ニコッ!くつは
ピタッ!かたづけは
ピカッ!」です。シンボルマークの「ワイワイ!」には、「
夢を持ち、
心を大切にし、思ったらすぐ
行動」の意味を込めています。これらをCASAに集う子どもたちと共有し、
継続しながら継承することを通じ、子どもたちが
「若者として飛翔する場」になりたいと考えています。
継続と継承には、そんな力があると信じています。シンボルマースの「ワイワイ!」の画像を載せておきます。
小沼 好宏
でできた「「ガキ大将」であった同学年のいとこのケン坊は、基本的にはいい奴なのですが、